東京ウェブデザへろへろ日記 カテゴリー:2011年1月
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福岡伸一『生物と無生物のあいだ』を読んだ。
福岡伸一の『動的平衡』を読もうかと思ったが、Amazonでレビューを見ると、それよりずっと前に出て評判のいい『生物と無生物のあいだ』と内容がかなり重複しているということなので、『生物と無生物のあいだ』を読んだ。
読みやすく、面白い本だった。
前半は、ワトソンとクリックのDNA二重らせんの発見にまつわる話で展開する。
ストーリーテラーとしての福岡はなかなかのテクニシャンで、その話がどこに向かっていくのかを明らかにしない。興味深い話をつなぎながら、だんだんとある方向に導いていくという語り方だ。論文ではなく、いわゆるノンフィクションの作法である。
エピソードには、現役の生物学者ならではの専門的な知識と実際に米国留学していたときの経験が生かされており、中身は濃い。
で、その話がどこに行くのかというと、福岡独自の概念である「動的平衡」に進んでいく。生命は動的平衡であるというのが、この本の主たるテーマになっている。福岡は、シェーンハイマーが明らかにした、生体のなかで元素が入れ替わるという事実を元にしてこの概念を説明している。体のなかで、アミノ酸は入れ替わるが、それだけでなく、アミノ酸はバラバラにされ、その元素が入れ替わる。そのことから、生命を流れとして概念化する。この概念は、生命とは自己複製するシステムであるという従来の概念に代わるものとして提示されている。DNAという自己複製分子の発見は、生命を自己複製ととらえる考え方を補強する重要な証拠である。しかし、それを乗り越えようとしている。
とはいえ、私はこの概念に新鮮さを感じなかった。なぜなら、オートポイエーシスの本を4冊ほど読んだことがあるからだ。動的平衡という概念はオートポイエーシスに近い。にもかかわらず、オートポイエーシスに言及しないのも腑に落ちない。加えて、福岡の命題はあいまいだ。理論というにはあまりに拙い。おそらく、理論でいうべきことを、エッセイで主張しているわけだ。
とすれば、ワトソンとクリックのDNA二重らせんの発見の話は、このノンフィクションのなかでは、長々とつづいた前置きにすぎない。それは、否定されるためのエピソードという位置にある。それを否定したからといって、動的平衡が正しさを得るものでもない。
つまり、理論でいうべきことを、エッセイで主張しているため、そこに齟齬がある。とはいえ、それでも、この本は面白く、内容も濃い。いや、だからこそ面白いというべきだ。
話の展開において予定調和のめでたしめでたし的な結論に至らないことが、この本をより深いものにしているように思う。うまくいえないけれど、ワトソンとクリックのノーベル賞レベルの話と、福岡の生命に関する想いがうまく接着されずに、あいまいに重なるところに話のふくらみが出るように感じるのだ。
読みやすく、面白い本だった。
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生物と無生物のあいだ (講談社現代新書)
福岡 伸一 講談社 2007-05-18 |
前半は、ワトソンとクリックのDNA二重らせんの発見にまつわる話で展開する。
ストーリーテラーとしての福岡はなかなかのテクニシャンで、その話がどこに向かっていくのかを明らかにしない。興味深い話をつなぎながら、だんだんとある方向に導いていくという語り方だ。論文ではなく、いわゆるノンフィクションの作法である。
エピソードには、現役の生物学者ならではの専門的な知識と実際に米国留学していたときの経験が生かされており、中身は濃い。
で、その話がどこに行くのかというと、福岡独自の概念である「動的平衡」に進んでいく。生命は動的平衡であるというのが、この本の主たるテーマになっている。福岡は、シェーンハイマーが明らかにした、生体のなかで元素が入れ替わるという事実を元にしてこの概念を説明している。体のなかで、アミノ酸は入れ替わるが、それだけでなく、アミノ酸はバラバラにされ、その元素が入れ替わる。そのことから、生命を流れとして概念化する。この概念は、生命とは自己複製するシステムであるという従来の概念に代わるものとして提示されている。DNAという自己複製分子の発見は、生命を自己複製ととらえる考え方を補強する重要な証拠である。しかし、それを乗り越えようとしている。
生命とは動的平衡(ダイナミック イクイリブリアム)にある流れである。
とはいえ、私はこの概念に新鮮さを感じなかった。なぜなら、オートポイエーシスの本を4冊ほど読んだことがあるからだ。動的平衡という概念はオートポイエーシスに近い。にもかかわらず、オートポイエーシスに言及しないのも腑に落ちない。加えて、福岡の命題はあいまいだ。理論というにはあまりに拙い。おそらく、理論でいうべきことを、エッセイで主張しているわけだ。
とすれば、ワトソンとクリックのDNA二重らせんの発見の話は、このノンフィクションのなかでは、長々とつづいた前置きにすぎない。それは、否定されるためのエピソードという位置にある。それを否定したからといって、動的平衡が正しさを得るものでもない。
つまり、理論でいうべきことを、エッセイで主張しているため、そこに齟齬がある。とはいえ、それでも、この本は面白く、内容も濃い。いや、だからこそ面白いというべきだ。
話の展開において予定調和のめでたしめでたし的な結論に至らないことが、この本をより深いものにしているように思う。うまくいえないけれど、ワトソンとクリックのノーベル賞レベルの話と、福岡の生命に関する想いがうまく接着されずに、あいまいに重なるところに話のふくらみが出るように感じるのだ。
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オートポイエーシス―第三世代システム
河本 英夫 青土社 1995-07 |







